大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(ウ)740号 判決 1957年1月25日

申立人 株式会社東海館

被申立人 時田吉雄 外一名

主文

債権者(本件被申立人)時田吉雄同(同)時田はる子債務者(本件申立人)株式会社東海館間の東京高等裁判所昭和二十九年(ウ)第六四一号仮処分決定申請事件につき昭和二十九年十二月二日同裁判所のした仮処分決定はこれを取り消す。

訴訟費用は被申立人らの負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

申立代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、その申立の原因として、申立人は被申立人両名外一名を被告として静岡地方裁判所沼津支部に家屋明渡等請求の訴を提起し、右事件は同庁昭和二十六年(ワ)第二五二号事件として係属し、審理の結果昭和二十八年七月二十一日同裁判所において次のような申立人勝訴の判決言渡があつた。「主文、原告が被告吉雄に対し金五十万円を支払うと引換に一、被告らは原告に対し別紙物件目録記載(但し但し書以下なし)の物件中家屋を明け渡して引き渡し二、被告吉雄は原告に対し同記載のその余の物件を引き渡しかつ昭和二十五年二月一日以降右物件全部の引渡完了にいたるまで一カ月金三万円の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告らの負担とする。本判決は原告が被告吉雄のため執行前担保として金八十万円を供託するときは仮りに執行することができる。」この判決に対し被申立人らは東京高等裁判所に控訴を提起し、右事件は同庁昭和二十八年(ネ)第一三三一号家屋明渡等請求控訴事件として係属した、しかるところ申立人は前記静岡地方裁判所沼津支部の仮執行宣言ある判決にもとずき家屋明渡等の強制執行をし別紙物件目録記載の物体を占有するにいたつたため、被申立人らは右控訴事件において本案判決変更の場合右仮執行宣言により被申立人らが給付したものの返還を求める申立をし、この返還請求権等を保金するため申立人を債務者として同裁判所に仮処分命令の申請をし、右は同庁昭和二十九年(ウ)第六四一号仮処分命令申請事件として係属し、同裁判所は昭和二十九年十二月二日右申請を容れて次のとおりの仮処分決定をした、「債務者の別紙物件目録記載の物件に対する占有を解いて債権者らの委任する静岡地方裁判所沼津支部執行吏にその保管を命ずる。執行吏は現状を変更しないことを条件として債権者らに対しては同目録記載の物件中家屋を、また債権者時田吉雄に対しては同目録記載のその余の物件の使用を許さなければならない。この場合債権者らはその占有を他に移転しまたは占有名義を変更してはならない。執行吏は右仮処分命令を公示するため適当の方法をとらなければならない。債務者は別紙物件目録記載の物件(但し書を除く)につき売買譲渡質権抵当権の設定その他一切の処分をしてはならない」。しかるに右控訴事件は審理の末昭和三十一年九月二十六日同裁判所において「本件控訴はこれを棄却する、控訴費用は控訴人らの負担とする」旨の本案の判決言渡があり、被申立人らの仮執行宣言にもとずき給付したものの返還を求める申立は理由のないことが明らかとなつた、この判決は仮りに被申立人らにおいて上告をしても容易に変更せられることはないというべきであり、これによれば前記仮処分当時存するとせられた事情は変更したものというべきであるから、申立人はここに右仮処分決定の取消を求めると陳述し、被申立人らの主張はいずれも理由がないと述べ、乙第二、第三号証の成立を認めると述べた。

被申立人ら代理人は申立棄却の判決を求め、答弁として申立人主張事実中申立人から被申立人ら外一名を被告として静岡地方裁判所沼津支部に対しその主張の訴が提起せられ、審理の上その主張の日その主張の判決言渡があつたこと、これに対し被申立人らが東京高等裁判所に控訴を提起し右事件が同庁昭和二十八年(ネ)第一三三一号事件として係属し、申立人主張の日その主張のような本案判決言渡があつたこと、その間被申立人らが右控訴事件につき本案判決変更の場合仮執行宣言により給付したものの返還を求める申立をするとともに申立人主張の仮処分命令を申請し申立人主張の仮処分決定があつたことはいずれもこれを認めるが、その余の事実は否認する、右仮処分申請の理由は右仮執行宣言にもとずき給付したものの返還を求める申立にもとずくその請求権保金のためのみでなく、右仮執行の宣言にもとずき申立人のした強制執行は違法であり、申立人は被申立人らの占有を不法に侵奪したものであるから申立人は右強制執行の目的たる物件を被申立人らに返還すべき義務があるとのことも原因としているのである、右強制執行には左のとおり違法がある、すなわち静岡地方裁判所沼津支部の前記判決は「原告(申立人)が被告(被申立人)吉雄に対し金五十万円を支払うと引換に」本件物件の引渡を命じているのであるから、右五十万円の支払は強制執行の要件である、しかるに執行吏はその支払をしないで執行した、当時被申立人吉雄は不在であり執行吏は吉雄の妻はる子に金五十万円の授受を促したが、はる子は主人不在につき受取の善悪がわからぬ故執行吏にまず預り置かれたいと申出たところ、執行吏は後日適当なる方法を講ずべく保管する旨申し聞けて執行したのであり、このことは執行調書に明記するところである、これ適法な弁済も提供もなかつたものでありその執行が違法であること明らかである、また前記判決は「本判決は原告が被告吉雄のため執行前担保として金八十万円を供託するときは仮りに執行することができる」とするものであり、金八十万円を供託したことの証明書を執行前又は執行と同時に被申立人らに送達又は交付すべきに拘らず、そのことなくして強制執行をした、また前記判決は被申立人はる子に対しては仮執行の宣言がないものであるのにかかわらず、被申立人はる子に対して強制執行したのは違法である、これら違法な強制執行にもとずき交付された物件の返還を求めるについては事情はまだなんら変更していないのである、また本案判決変更の場合仮執行宣言にもとずき給付したものの返還を求める申立をしたことについても、前記控訴棄却の判決言渡があつたことはなんら事情変更をもつて目するに足りない、右判決においては右申立に対してはなんらの裁判をしていないのである、右申立は民事訴訟法第百九十八条第二項にもとずき訴訟法上認められている権利であるから、裁判所はたとえ原判決を変更しなかつた場合においてもその申立を認容するか否かの裁判をする義務がある、何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われないことは憲法第三十二条により明らかであり、被申立人らは訴訟法上認められた申立権にもとずき裁判を受ける権利があり、これについてまだなんらの裁判がないのであるから事情変更とはいえないのである、また前記控訴審の判決に対しては被申立人らは最高裁判所に上告しており、被申立人らは右判決の左記違法を上告理由として主張している、すなわち右判決事実らん「控訴人ら代理人の主張四(抗弁)の四」にあるように控訴人たる被申立人らは「被控訴人(被申立人)が稲葉と控訴人吉雄との間の本件物件の売買契約における売主稲葉の権利義務一切を譲り受けたとしても、控訴人吉雄はこれが承認をしていないし譲渡人から確定日附ある証書による通知もないのであるから、かかる権利の譲渡をもつて控訴人らに対抗し得ない」と主張し、ここに控訴人らとは被申立人両名をさすものであり、そのことは被申立人らの右第二審において提出した準備書面によるも明らかである、しかるに右第二審判決は被申立人はる子に対する右債権譲渡の対抗力についてはなんらの判示がなくその判断を遺脱したものであり、右譲渡の対抗し得ない以上被申立人はる子に対する明渡請求を認めることは理由不備であり、上告審において破毀さるべきものと信ずる、なお申立人は本件建物の外に伊東市において東海館なる大きな旅館を経営しているもので本件土地建物を今直ちに使用する必要はなく、しかもその占有又は占有名義を他に移転するおそれがあり、これに反して被申立人らは元来本件土地建物に居住するとともにここで飲食店営業の許可を受けて飲食店を営み生計を立てて来たものであるが、本件物件を失うことにより住居を奪われ営業も不能となるもので、まさに回復すべからざる損害をこうむるものというべく、本件仮処分は継持せられるべきであると述べ、疏明として乙第一ないし第三号証を提出した。

理由

申立人が被申立人ら両名外一名を被告とし静岡地方裁判所沼津支部に家屋明渡等請求の訴を提起し同庁昭和二十六年(ワ)第二五二号事件として係属し、審理の上申立人主張の日その主張のような仮執行宣言ある本案判決の言渡があつたこと、右判決に対し被申立人両名から東京高等裁判所に控訴の申立があり、同庁昭和二十八年(ネ)第一三三一号事件として係属し、審理の結果申立人主張の日その主張のような本案の判決があつたこと、被申立人らが東京高等裁判所に仮処分命令申請をし、申立人主張の日同裁判所が申立人主張の仮処分決定をしたことは当事者間に争ない。

これよりさき申立人は右本案の第一審判決の仮執行宣言にもとずき別紙物件目録記載の物件について強制執行をし、これを占有するにいたつたことは申立人において明らかに争わないからその成立を自白したものとみなすべき乙第一号証及び成立に争ない乙第二号証によつて疏明されるところであり、被申立人らが右本案の第二審たる東京高等裁判所に対し本案判決変更の場合右仮執行宣言にもとずき給付したものの返還を求める申立をしたことは当事者間に争なく、前記仮処分は右申立にかかる返還請求権を保全するためのものと認めるべきものである。被申立人らは右仮処分の申請理由は被申立人ら申立人のした違法な強制執行により占有を奪われた物件の返還請求権を有しそれを保全するというにもあり、右仮処分はこの返還請求権保全のためにもなされたものであると主張し、前記仮処分申請書にその旨の記載もあることは右仮処分事件記録に徴し明らかであるが、かかる事由にもとずく請求は本来民事訴訟法第百九十八条第二項の本案判決変更の場合仮執行宣言にもとずき給付したものの返還を求めるものと異なり、前記東京高等裁判所の本案事件とは無関係のものであるから、この請求を実現するためには別に訴を第一審裁判所に提起すべく、これを被保全請求権とする仮処分はその本案の係属すべき第一審裁判所の管轄に属すべきものであり、前記家屋明渡等請求控訴事件が東京高等裁判所に係属していたからといつて同裁判所がその仮処分の管轄裁判所となるものではない(この場合前記訴訟法にもとずく返還請求権と違法執行にもとずく返還請求権とは競合しているだけである)。このことからすれば前記東京高等裁判所のした仮処分決定は前記訴訟法にもとずく申立にかかる請求権保全のためのみであり、被申立人ら主張の違法執行による返還請求権保全のためでないことは明らかであり、このことは右仮処分を発した当裁判所に職務上顕著でもある。この故に右仮処分が違法執行による返還請求権保全のためになされたことを前提とする被申立人らの主張は失当である。

しからば前記本案の控訴事件につき申立人主張のとおり控訴棄却の判決があつたことは被申立人らの申立にかかる本案判決変更の場合仮執行宣言にもとずき給付したものの返還を求めるべき権利の存しないことを認めしめるものであり、この点につき仮処分当時存するとされた事情に変更があつたことが疏明されたものというべきである。

被申立人らは前記本案の控訴審の判決においてはさきに被申立人らのなした仮執行宣言にもとずき給付したものの返還を求める申立につきまだなんらの裁判もないと主張し、右判決において右申立につき裁判しないことは当裁判所に職務上顕著である。しかし民事訴訟法第百九十八条第二項はその明文の示すとおり「本案判決ヲ変更スル場合ニ於テハ裁判所ハ被告ノ申立ニ因リ其ノ判決ニ於テ仮執行の宣言ニ基キ被告カ給付シタルモノノ返還(中略)ヲ原告ニ命スルコトヲ要ス」とするものであり、本案判決を変更するものでない場合はその申立は目的を欠くものであつて裁判所はその申立につき何らの裁判を要するものではないと解すべきである。これ仮執行免脱の申立があつても裁判所が請求棄却の判決その他原告敗訴の判決をし、もしくは仮執行の宣言を付しないときは右申立について何らの裁判を要するものでないのと同様である。仮りに右申立につき裁判を要するとしてもすでに本案判決を変更しない以上仮執行の宣言にもとずき給付したものの返還を命じ得べきものでないことは自明である。

また被申立人らが前記本案の控訴審判決に対し上告したことは当裁判所に職務上顕著であるが、被申立人らが本件において主張する事由については前記本案判決において判断していること明らかであり(同判決理由中控訴人らの占有と明渡及び引渡義務と題する部分四項参照)、右事由その他本案事件の記録上うかがうべき被申立人らの上告理由を見ても、当裁判所はまだたやすく前記判決が上告審において変更されるものとは認めることができない。

なお被申立人らは本件仮処分が取り消されるときは回復すべからざる損害をこうむると主張するが、かかる事由は本件仮処分の取消を拒むべき適法の事由とならないと解すべきである。

しからば前記仮処分の事情変更を理由とする申立人の本件仮処分決定取消の申立は正当としてこれを認容し、前記仮処分はこれを取り消すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

物件目録

伊東市岡字下川戸五四二番の一

一、宅地四百九拾九坪七合九勺

同所五三二番の六

一、鉱泉地 壱坪

同所五三五番の六

一、鉱泉地 壱坪

同所五四二番の壱所在

家屋番号岡参拾八番の弐

(一)木造瓦葺弐階建居宅 壱棟

建坪壱階五拾弐坪六合六勺

弐階坪 参拾参坪六合六勺

(二)木骨コンクリート葺弐階建 倉庫壱棟

建坪壱階 五坪

弐階 五坪

(三)木造瓦葺平家建物置 壱棟

建坪 参坪

以上土地については庭石樹木等定着物一切

建物については畳建具雑作一切附及び玄関内額参面附

伊東市岡下川戸五四二番の九

一、鉱泉地 壱坪

但し以上の内左記部分を除外

(イ)(一)の建物の内東側湯殿に対し新に設けた

風呂場壱棟 建坪参坪

(ロ)(二)の倉庫入口に施設せる亜鉛メツキ鋼板葺住宅壱棟

建坪 五坪五合

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